お墓を守る人がいない、お墓のある場所が遠くて行けずに檀家をやめる人のための墓じまい。

檀家

何故、お寺の檀家になっている家がこんなに多いのか?

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ご先祖様が、その昔その寺の宗旨に傾倒したために、

自分の家は檀家になっていると思っていませんか?

とんだ間違いです!

そんな信仰の厚い方もおられたかもしれませんが、

理由は江戸時代にさかのぼります。

 

1.徳川幕府の寺請制度が檀家のはじまり

高名な先祖の墓

江戸時代、幕府は民衆に対して、キリシタンでないことを証明するために、

寺請証文を受けることを義務づけました。

寺請制度と言います。

慶長十七年(一六一二年)のことですから、徳川幕府ができて間もなくの頃。

強制的に菩提寺が定められ、

これにより、誰もがどこかのお寺の檀家になったのです。

お寺は、現在の戸籍の管理を、宗門人別帳で実施しました。

江戸時代は、旅行するにも、移住するのにも、養子縁組するにも、

すべてお寺の寺請が必要だったのです。

もちろん、

宗旨を変えたり檀家をやめることは許されなかった名残りが、

現代でも苦しめているのです。

 

2.仏教は、こうして葬式仏教になった

卒塔婆と墓

お寺からすれば、檀家となった人々からお布施が入ったり、

戒名をつけることで収入を得たり、

安定財源を手にすることができるようになったメリットがあったのです。

幕府は、このような寺請制度による戸籍の管理と墓の管理で、

お寺がお金をとれる仕組みを作る代わりに、寺領を全部取り上げたのです。

以来、お寺は葬式で収入を得る葬式仏教になったのです。

 

3.江戸時代の強い「家意識」から多くの墓が残っている

立派すぎる墓が負担

日本で、親や祖父母の時代に仏壇のない家はほとんどありませんでした。

これほど、仏壇や墓地が売れたりする国は不思議です。

そもそも、

戦国末期や室町時代に、墓地を持てたのは、武家などの領主だけだった。

それが江戸時代になると、

ほとんどの人が墓を持っていた。

その理由は、

百姓でも自分たちの家を代々続けなければならないという、

強い「家意識」を持っていたことです。

そこから生まれたのが、仏壇や墓地に執着する独特の感覚。

もともと百姓は名字を公式には名乗れなかったのですが、

しっかり、墓石に名字を彫り込んでいました。

江戸後期から、俗名のところに名字も彫り込まれているものが、ほとんどです。

そのような墓が、現在もたくさん残っています。

 

4.現代の檀家というのは子々孫々まで引き継ぐものではない

大きな墓

私たちのご先祖様は、その宗旨に傾倒して檀家になったのではなく、

単に住んでいた地域で、

強制的に決められたものである可能性が高いのです。

そんなご先祖様が、子孫がいつまでも檀家であってほしいとは

考えるはずもありません。

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